2002年から国立成育医療センターに17年もの間、籍を置き、現在は梅ヶ丘産婦人科ARTセンター長である齊藤英和先生。現在、卵子の老化や妊娠・ライフプランといった啓発活動を精力的に行っていらっしゃいます。今回、齊藤先生に啓発活動を開始するきっかけ、妊娠に関する知識を得ることで得られるメリット、不妊治療において患者が大切にすべきことなど多岐に渡ってお話をお伺いしました。
ー 1979年に山形大学をご卒業されて産婦人科医でいらっしゃったとのことですが、生殖医療にいつから携わっていらっしゃったのでしょうか。
齊藤先生:当初から、産婦人科医というのはお産はもちろんのこと、生殖医療も行うし、ガンも診ていました。また、最初から動物実験で卵の研究も行っていたため、卵の染色体なども見ていました。
その縁で、ちょうど卒後2年後に南カルフォルニア大学で、体外受精を始める、ということになりました。アメリカではまだ体外受精が成功していなかったのですが、卵を扱える人が欲しい、ということで、卒業2年後に南カルフォルニア大学へ行きました。
生殖医療についてはその頃から、自分のテーマとして「卵の事をやろう」と基礎研究を含め臨床研究を行っていました。
ー もう生殖医療に携わられて40年近いということですね。
齊藤先生:そうですね。1979年卒だから、40年近くになりますね。南カルフォルニア大学では、私が携わっていた体外受精で米国3番目の赤ちゃんが誕生し、その後日本に帰国しました。さらに、2002年に国立成育医療センターが出来て入職した、ということです。
ー 齊藤先生は、若い方々に対して妊娠・ライフプランニングなど、啓発活動をされていらっしゃいますが、そのようなことをされ始めたきっかけは何かあったのでしょうか。
齊藤先生:啓発活動のきっかけは、病院に初めてお越しいただく患者さんの年齢が、凄く上がってきたということですね。あまりにも不妊治療患者が高齢化してきたことです。
そのうち「年齢が高くなると、妊娠しにくくなるなんて知らなかった」という声が患者さんから聞こえてきて、それであれば、早めに色んな機会をとらえて妊娠に関する知識を啓発していこうと思い、いろんな活動を始めたのがきっかけです。
30代前半くらいの若いうちに来院していただければ、7、8割は妊娠します。私が国立成育医療センターにいた時は、患者さんが30代後半でお越しいただくケースが多くなり、そこから治療を頑張って行った場合、患者さんのうちの2~3割が妊娠をする、ということになっていました。
そういう意味でも妊娠・出産を早めに考えなければいけないと思ったということと、早めに妊娠を考えれば不妊治療なんてする必要がないと思ったからですね。
高齢になって不妊治療を受けるのではなく、もっと若い、妊娠適齢期やそれ以前の20代に妊娠について考えておくことが出来れば、9割以上の人が自然妊娠することが出来るのです。
何も自分の貯めたお金を払って、時間を費やして不妊治療をするのではなく、産みたくないという人は考えなくて良いと思いますが、いつか産みたい、という人は、「『もっと計画的に考えて妊娠しようよ』ということを伝えていこう」と。
できれば、最終的には高校の教科書に載るとか、一番良いのは大学の教育課程の中にそういったことを知るような機会を作っていくというのが最終目標ですね。まだまだ、啓発が足りていないと思いますが。若い人達が知っておかないと後で痛い目に遭うことですから、知っておいていいことですよね。できるだけ情報発信をしていこう、というスタンスでやっています。
ー 卵巣年齢(AMH)もその流れで知っておくと役立つということですよね。
齊藤先生:そうですね。卵の数は絶対的な妊娠力ではありませんが、卵の数を知っておくということで、妊娠の計画を立てやすくなるわけです。卵が少ない人は、早めに卵子が失くなってしまう可能性がある、ということなので。
卵の質を測れる測定方法はまだないけれども、数はAMHを測ればわかりますからね。その人がおおよそ持っている卵の数、妊娠適齢期的なものを把握する一つのツールとして「F check」を使ったらいいですよね。男性も自分で精子の状態が分かるツールがありますし。
男性の方がいつでも子供ができる、という感覚は強く持っていますよね。でも実はそうじゃないということを、男女ともにきちんと理解しなければいけない。
夫婦が子供を持つ可能性への影響は女性の方が大きいのですが、男女どちらも年齢と共に影響してくるわけですから、女性の場合は「F check」、男性の場合は「Seem(シーム)*」のようなものを使ったりして、自分の体を知る、という事がとても大切だと思います。
*Seem(シーム)とは、リクルートが運営する精子セルフチェックサービスのこと。
例えば、高校とか大学の時に、避妊の話を聞くでしょう。「コンドームをしよう、ピルを飲もう」と。だから、みなさんは、それをやめればすぐに妊娠すると思っているのですね。実際はそうではないんです。
妊娠しない方がいい時期に妊娠を避けるという事は大切なことではありますが、避妊を止めたらみんな100%妊娠するのかと言われると、そんなことはないのです。そんなことはないということを教えてもらっていないのです。
だから、年齢と共に妊娠する可能性がどんどん下がっていくという事も避妊教育と同時に教えていく必要があるのです。
ー 「ピルを飲んでいれば卵子の数は減らないんでしょう?」と口にする人もいますが、そうではないですよね。
齊藤先生:もちろんです。1個の卵を排卵するときには、同時に約1000個の卵は消滅していくし、排卵しなくてもどんどん卵巣の中で消滅していくのです。ピルの良いところは子宮内膜症を防げることで、妊孕力をある程度、保てるということはあります。
しかし、卵の数は保てません。卵子の数は減っていきます。「妊娠中は排卵しないから卵子は減らないんですか」ってよく聞かれますが、そんなこともありません。妊娠中だって卵の数は減っています。
ー このような妊娠に関わる知識を啓発していくことは難しい事なのではないでしょうか。
齊藤先生:そうですね。このような事はイベントをしたところで若い人が興味を持ってわざわざ足を運んで来てくれることはないんです。
だからこそ、妊娠に関する知識は、きちんと教育課程の中に組み込んでいかなければいけないのです。イベントを開いたって、ブームの時はちょっと知られるかもしれないですが、このようなことは、学問と同様、教養課程の中で、国語や数学のようにカリキュラムに組み込まれて、嫌でも聞かなければいけない、という環境の中で教わらないと駄目だと思います。
最終的には教育課程の中で、最低でも1回、数回、授業できちんと講義されるというシステムにしていかなければいけないとは思います。
それと、妊娠について気になった時に、正しい情報が常に入手できる状況にしておくことというのが大切です。若い人にとってはそれほど面白くはない事だから後回しにしてしまいがちですが、若いうちに女性が知っておいて損はない知識です。
また、母体も年齢とともに老化していくので、様々なリスクが増していきます。例えば20代の後半から出てくるガンで言えば、子宮がんや乳がんです。そういった疾患を治療していたら妊娠はできなくなってしまいます。
もう一つ、皆さんが気づきにくいのが体力です。仕事をしていて、若いうちは体力で乗り切れるものですが、そのうち体力で乗り切れなくなります。
子供を育てることも同じで、体力があることで乗り切れることがあると思います。体力があると、色々大変なことはあるけれど、子育ても楽しいね、という事も多くなると思いますが、40歳になってから子供を持つ場合は、子育てはしんどいから1人でいいや、となる事もあり得ます。
仕事もしなければいけないので、仕事と家庭も両立して働いていける社会にしていかなければいけないですよね。これは社会全体の問題でもありますけどね。だからこそ若い方々への啓発は必要だと思っています。
また、これからは企業も変わっていかなければいけないと思います。例えばタマホーム(株)は、健康診断の際に希望者には無料でAMHを測っています。女性の健康管理の指標として、絶対に得なんです。
例えば、不妊で病院の通院が必要になって、仕事に穴をあけられるより、普通に妊娠した方が、企業にとってもメリットは大きいと思います。
今後は、不妊治療に対する手当も付けなければいけなくなる可能性もありますし、通院のために会社を休ませなければいけません、という事も社会の負担として出てくるかもしれません。だからこそ、企業にも妊娠やライフプランについて、認知してもらえるようにしなければいけないと思っています。
ー 不妊治療についてお伺いいたします。不妊治療については、個々の患者様に合わせた治療が求められているようですが、病院によって診療方針が異なっています。齊藤先生はどのような治療方針でいらっしゃいますか。
齊藤先生:体外受精の治療の場合は、卵が沢山採れるならば先に沢山採ったほうが良いと思います。なぜなら、一番若い時の卵だから、卵の質が一番良いだろうと考えているからです。
若い方の場合は、質の良い卵が採れる確率が高いですが、年齢の高い方の場合は、10個採卵してそのうち質の良い卵が1個という割合にもなってきます。そのため、出来る限り早い時に採卵をしておいた方が、その中に良い卵が生まれる確率が高いと考えています。
ー 不妊治療をするにあたって、患者さんが病院を選ぶ際に、どんな病院に行けば良いかわからないとお伺いすることがありますが、病院選びは難しいものでしょうか。
齊藤先生:そうですね難しいと思います。いくらホームページを見たって良いことしか書いていないと思います。何か自分と合わないな、と思ったら病院を変えるしかないと思います。
大切なのは、自分が納得して治療を受けられると思えば、続けたら良いですが「何をやっているか分からないけれど、言われるがまま治療された」という方も結構いらっしゃいます。
よく説明してくれて、自分自身が治療を納得して受けられる病院がいいと思いますが、最初から自分にとって合う病院を選ぼうとすると、なかなか分からないかもしれませんね。
一番大切なのは、患者様のリテラシーです。きちんと自分で知ろうとする事が一番大切です。知識を持つことで、たとえ不妊治療を受けなければいけなかったとしても、一番いい環境で不妊治療を受けることができることに繋がると思います。でも、一番いいのは、自然に妊娠をすることが一番良いわけですから、まずは、自然妊娠の可能性が高まる知識を身に着けてもらいたいものです。
十数年啓発活動をしていますが、いまだにまだまだ知られていないという気がします。
そういう意味で、F checkなどは、忙しい人でもできるので、まずやってみて、自分の卵の状況を知ってみるというのはいいかもしれません。
医学博士
日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医
学歴
1979年3月 山形大学医学部医学科卒業
1985年3月 医学博士学位取得(山形大学)
職歴・研究歴
1979年 山形大学医学部付属病院助手(産科婦人科学講座)
1981年~1982年 外国留学(アメリカ、南カリフォルニア大学、Resarch Fellow )
1982年7月 山形大学医学部助手(産科婦人科学講座)
1991年4月 山形大学医学部付属病院講師(産科婦人科)
1995年4月 山形大学医学部助教授(産科婦人科学講座)
2002年3月 国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター・不妊診療科医長
2013年11月 国立成育医療研究センター、周産期・母性診療 センター・副センター長(併)不妊
2019年4月 梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長